ピン芸このタグの資料 5 本

  1. タモリ 密室芸のアングラ芸人が、昼の生放送を32年近く続けた新着No.95

    タモリ(森田一義、1945〜)は、ジャズ仲間の間で知られた素人芸を赤塚不二夫に見いだされ、1975年に上京した。デタラメ外国語や形態模写の「密室芸」で深夜の人気者になったあと、1982年から2014年まで昼の生放送『笑っていいとも!』の司会を務め、ギネス世界記録に認定された。2026年も『ミュージックステーション』の司会と『ブラタモリ』を続けている。

  2. R-1グランプリ 落語の「R」から始まった、ひとり芸の日本一決定戦新着No.53

    R-1グランプリはひとりで演じる芸の大会で、2002年に「R-1ぐらんぷり」として始まった。2021年に名前を改めて出場者を芸歴10年以内に絞り、2024年にその制限を外した。2026年の第24回は過去最多の6,171人が参加し、今井らいぱちが優勝した。

  3. ピン芸 活動弁士の漫談から、一人コントとR-1まで新着No.34

    一人で笑わせる芸の流れは、大正の終わりに活動弁士の大辻司郎が名付けた漫談に始まる。漫談は綾小路きみまろらに受け継がれ、2000年代には一人コントやフリップ芸のピン芸人がテレビで増えた。2002年に始まったR-1ぐらんぷり(今のR-1グランプリ)が一人の芸の大会として続いている。

  4. 2000年以降のお笑い 賞レースとネタ番組が若手を押し上げ、笑いの舞台は配信にも広がった新着No.7

    2001年に始まったM-1グランプリを皮切りに、漫才、コント、ピン芸の賞レースが年中行事になり、2000年代にはネタ番組のブームも起きた。2010年代後半から芸人の活動はYouTubeや有料配信に広がり、M-1グランプリの出場者数は2025年、2026年と続けて過去最多を更新した。

  5. 1980年代のお笑い 漫才ブームが若者を客席に呼び、たけし、さんま、タモリの時代が来た新着No.5

    1980年、フジテレビの『THE MANZAI』などをきっかけに漫才ブームが起き、若い客が漫才師をアイドルのように迎えた。ブームは2年ほどで落ち着いたが、そこから出たビートたけしや明石家さんまは『オレたちひょうきん族』で個人の芸人として人気を広げ、タモリは昼の生放送の顔になった。

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