劇場と業界
1912年〜
No.71新着 吉本興業の歩み 天満の寄席一軒から、漫才と新喜劇とテレビの会社へ
登録 2026年10月23日 23:51
吉本興業は1912年、吉本吉兵衛とせいの夫婦が大阪天満の寄席を買い取って始まった。寄席を「花月」の名でまとめ、エンタツ・アチャコの漫才で客をつかみ、戦後は映画館経営を経て1959年に演芸へ戻った。2009年のTOBで上場をやめ、2019年に吉本興業ホールディングスとなった。
1798年〜
No.72新着 寄席と劇場 江戸の寄席から、なんばグランド花月とルミネtheよしもとまで
登録 2026年10月23日 23:51
寄席は1798年に江戸で始まったとされ、いまも東京には鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場の4つの定席がある。大阪では2006年に天満天神繁昌亭が半世紀ぶりの落語の定席として開いた。漫才やコントの拠点は、吉本のなんばグランド花月(1987年)とルミネtheよしもと(2001年)である。
1938年〜
No.73新着 芸能事務所と養成所 弟子入りから学校へ、芸人の生まれ方が変わった
登録 2026年10月23日 23:51
芸人は長く師匠への弟子入りで育ったが、1982年に吉本興業が養成所NSCを開いてから、学校で学んで事務所に入る道が広がった。松竹芸能、太田プロ、人力舎、ワタナベ、マセキなどの事務所もそれぞれ養成所や得意な芸を持ち、芸人の生まれ方は事務所ごとに色が違う。
1953年〜
No.74新着 放送作家とテレビ局 台本の外側で笑いを組み立てる裏方たち
登録 2026年10月23日 23:51
放送作家は、ドラマ以外のテレビやラジオの番組で企画と構成を担う仕事である。1953年のテレビ放送の開始とともに、塚田茂や青島幸男らが番組を組み立て、のちに高田文夫、高須光聖、鈴木おさむらが芸人と組んで笑いの番組を作った。テレビ局のプロデューサーでは、フジテレビの横澤彪が漫才ブームを支えた。