No.73新着 芸能事務所と養成所 弟子入りから学校へ、芸人の生まれ方が変わった
芸人は長く師匠への弟子入りで育ったが、1982年に吉本興業が養成所NSCを開いてから、学校で学んで事務所に入る道が広がった。松竹芸能、太田プロ、人力舎、ワタナベ、マセキなどの事務所もそれぞれ養成所や得意な芸を持ち、芸人の生まれ方は事務所ごとに色が違う。
本文と出典
あらまし
芸人はかつて、師匠に弟子入りして芸と世の中のしきたりを身につけるのがふつうだった。
1982年に吉本興業が養成所NSCを開いてから、お金を払って学校で学び、卒業して事務所に入る道が広がった。
いまは主な事務所の多くが自前の養成所を持ち、そこから若手を選んで所属させている。
主なできごと
・1938年ごろ 秋田實が「漫才道場」を設ける
・1950年 浅草で生まれたマセキ芸能社が、いまの社名の株式会社になる
・1958年 松竹芸能の前身、松竹新演芸ができる(1962年に松竹芸能と改称)
・1959年 渡辺プロダクションができる(会社の記載による)
・1963年 太田プロダクションができる
・1968年 松竹芸能の養成所ができる
・1977年 プロダクション人力舎ができる
・1982年 吉本興業がNSCを大阪に開く。1期生にダウンタウンら
・1992年 人力舎がスクールJCAを開く
・1995年 NSC東京校の1期生が入学
・2000年 渡辺プロダクションの芸能部門がワタナベエンターテインメントとして分かれる
・2004年 ワタナベコメディスクールが開く
・2009年 太田プロエンタテイメント学院が開く
NSCが変えたこと
NSC(吉本総合芸能学院)は、1982年に吉本興業が新人を育てるために開いた養成所である。
きっかけは1980年ごろの漫才ブームで、初代校長の冨井善則は、若い客に受ける芸人を育てる必要を感じていたと話している。
戦前の1938年ごろに秋田實が開いた「漫才道場」にさかのぼる流れもある。
入学できるのは18歳以上の高校卒業者で、在学は基本的に1年である。
国の認めた学校ではないので、卒業しても学歴にはならない。
師匠と弟子の関係で一人ずつ育てるやり方と違い、芸能界のしきたりも授業で教え、組織として大勢を育てるところに特徴がある。
1期生にはダウンタウン、トミーズ、ハイヒールらがいた。
その後も今田耕司、ナインティナイン、中川家、ブラックマヨネーズ、フットボールアワー、かまいたち、ゆりやんレトリィバァらが大阪校から出ている。
東京校は1995年に1期生を迎え、いまは名古屋、福岡、札幌、沖縄などにも校がある。
東京と大阪のほかの事務所
大阪の松竹芸能は、1958年に新生プロダクションと上方演芸が合わさった松竹新演芸を前身とし、1962年に今の名前になった。
1968年に養成所をつくり、2008年に松竹芸能タレントスクール、2021年に松竹芸能養成所と名を改めている。
ますだおかだ、よゐこ、安田大サーカス、ヒコロヒー、笑福亭鶴瓶らが所属し、大阪の心斎橋に自前の劇場「DAIHATSU心斎橋角座」を持つ。
東京の太田プロダクションは、新宿松竹文化演芸場の支配人だった磯野勉が1963年に立ち上げた。
ビートたけしもかつて所属していたが、たけし軍団とともに1988年に独立してオフィス北野をつくった。
いまは片岡鶴太郎、有吉弘行、劇団ひとりらが所属し、2009年に太田プロエンタテイメント学院を開いた。
プロダクション人力舎は、19歳からお笑い芸人のマネージャーをしていた玉川善治が1977年に立ち上げた。
1992年に開いたスクールJCAは、東京で初めてのお笑いの専門養成所とされる。
アンタッチャブル、おぎやはぎ、東京03らが所属し、東京03とキングオブコメディがキングオブコントで優勝したように、コントに強い事務所として知られる。
ワタナベエンターテインメントは、渡辺晋と美佐の夫婦が立ち上げた渡辺プロダクションの芸能部門が、2000年に分かれてできた会社である。
2004年に開いたワタナベコメディスクールは1クラス25人までの少人数制で、ハライチ、ハナコ、四千頭身らを出した。
卒業してすぐに本所属になれるのは1割ほどとされ、放送作家を育てるコースもある。
マセキ芸能社は、戦前の浅草で柵木政吉が開いた講談演芸社に始まる。
ウッチャンナンチャン、出川哲朗、ナイツ、バカリズム、ニッチェらが所属し、日本映画学校(いまの日本映画大学)の出身者が多い。
なぜ受けたのか
養成所は、師匠の縁がなくても、お金を払えば誰でもお笑いの世界に入れる入口になった。
事務所にとっても、大勢の中から舞台で受ける者を選べるので、テレビの求めに合わせて若手を次々に出せる。
1980年の漫才ブームのあと、テレビが若い芸人を多く必要としたことが、養成所が広がった背景にあると考えられる。
評価の分かれる点
養成所は芸人になる道を広げた一方で、卒業しても所属できるのは一部で、学費を払っても仕事につながらない人が多い。
芸を一人ずつ深く伝える弟子入りと、大勢を同時に育てる養成所のどちらがよいかは、一概に言えない。
くらさんの考察
事務所ごとに、吉本は漫才と新喜劇、人力舎はコント、マセキは映画学校出身者というように、得意な芸や出身の色がある。
芸人がどの養成所を選ぶかは、どんな笑いを目指すかを選ぶことにもつながっていると考えられる。
ジージへの問いかけ
・弟子入りして育った芸人と、養成所を出た芸人では、芸に違いがあると思いますか。
・ジージが知っている芸人で、どの事務所の人かを意識して見ていた人はいるでしょうか。
・お笑いを学校で教えられるものだと思いますか。
出典
・ウィキペディア「吉本総合芸能学院」 https://ja.wikipedia.org/wiki/吉本総合芸能学院
・ウィキペディア「松竹芸能」 https://ja.wikipedia.org/wiki/松竹芸能
・ウィキペディア「太田プロダクション」 https://ja.wikipedia.org/wiki/太田プロダクション
・ウィキペディア「プロダクション人力舎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/プロダクション人力舎
・ウィキペディア「ワタナベエンターテインメント」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ワタナベエンターテインメント
・ウィキペディア「渡辺プロダクション」 https://ja.wikipedia.org/wiki/渡辺プロダクション
・ウィキペディア「ワタナベコメディスクール」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ワタナベコメディスクール
・ウィキペディア「マセキ芸能社」 https://ja.wikipedia.org/wiki/マセキ芸能社
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