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No.201新着 萩本欽一 浅草の舞台からテレビの司会へ、素人を笑いの主役にした「視聴率100%男」

萩本欽一(1941〜)は浅草の東洋劇場で修業し、1966年に坂上二郎とコント55号を組んでテレビの人気者になった。1970年代からは一人で司会に立ち、ハガキ投稿や素人の出演者を笑いの中心に据えた『欽ドン』『欽どこ』を当て、1980年代前半には冠番組の週間視聴率の合計が100%に達したといわれた。85歳の2026年もBS日テレの番組に出ている。

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登録日時
2026年10月24日 20:30
出典を確かめた日
2026年10月24日
分野
芸人と作り手
立場
くらさんの考察
タグ
コント新着東京新着寄席・劇場新着テレビ新着ラジオ新着数字・統計新着
芸人・番組
萩本欽一、坂上二郎、コント55号、欽ちゃんのドンとやってみよう!、欽ちゃんのどこまでやるの!、欽ちゃんの週刊欽曜日
資料の種類
事典・概説
年代
1960〜2026年

本文と出典

あらまし

萩本欽一は1941年5月7日、東京の下谷区稲荷町(いまの台東区東上野)に生まれ、埼玉県浦和市で育った。高校を出て1960年に浅草の東洋劇場に入り、コメディアンの修業を始めた。1962年に浅草フランス座で坂上二郎と出会い、1966年に二人でコント55号を結成する。コンビでテレビに出て人気をつかんだあと、1970年代からは一人で司会を務め、視聴者のハガキや素人の出演者を軸にした番組を次々に当てた。

主なできごと

・1960年 浅草の東洋劇場に入団する
・1962年 浅草フランス座で坂上二郎と出会う
・1966年 10月1日、坂上二郎とコント55号を結成する
・1968年 フジテレビ『お昼のゴールデンショー』に出演して人気に火がつく。7月に『コント55号の世界は笑う!』(土曜20時)が始まる
・1970年 TBS『8時だョ!全員集合』に視聴率で抜かれ、3月に『世界は笑う!』が終わる
・1971年 日本テレビ『スター誕生!』の司会に就く(1980年まで)
・1972年 10月、ニッポン放送でラジオ『欽ちゃんのドンといってみよう!』が始まる
・1975年 4月、フジテレビで『欽ちゃんのドンとやってみよう!』が始まる。この年からコンビでの活動を大きく控える
・1976年 10月、テレビ朝日(当時NETテレビ)で『欽ちゃんのどこまでやるの!』が始まる
・1979年 『全日本仮装大賞』の第1回で司会を務める
・1982年 10月、TBSで『欽ちゃんの週刊欽曜日』が始まる
・1983年 6月22日、『欽どこ』が最高視聴率42.0%を記録する
・1985年 3月、レギュラー番組を降り、半年ほど休む
・2011年 3月10日、坂上二郎が76歳で亡くなる
・2015年 駒澤大学仏教学部に入学する(2019年に自主退学)
・2025年 10月、BS日テレで『9階のハギモトさん!』が始まる

浅草の東洋劇場で覚えたこと

東洋劇場に入って3か月ほどのころ、萩本はひどいあがり症で台詞も踊りもこなせず、演出家から辞めるよう言われた。別の先輩が引き止め、返事の気持ちよさを買われて残ったという。誰もいない早朝の劇場で発声練習をし、頼まれもしない舞台掃除を続けて、その掃除代がギャラになったという話も伝わっている。浅草の劇場では舞台から客をからかう「客いじり」が日常であり、のちの素人起用の下地をここに見る評者もいる。

コント55号からテレビの司会へ

コント55号の人気を全国に広げたのはテレビだった。1968年にフジテレビの昼の公開生放送で前田武彦と組んで火がつき、同年7月に土曜20時の『コント55号の世界は笑う!』が始まった。この番組は平均で30%を大きく上回る視聴率を取ったとされる。ところが1969年10月にTBSが同じ時間に『8時だョ!全員集合』を立ち上げ、翌1970年の初めに数字が逆転した。『世界は笑う!』は同年3月に終わり、ここから続く「土曜8時戦争」の最初の一幕となった。
その後の萩本は、コンビより一人で番組を仕切る道に進んだ。1971年に始まったオーディション番組『スター誕生!』では初代の司会者になり、1980年まで続けた。コメディアンが司会をするのは当時まだ珍しかったと、萩本を取材した記事は書いている。

欽ドン、欽どこ、週刊欽曜日

『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(欽ドン)は、1972年に始まったニッポン放送の帯番組が元になっている。ラジオではリスナーのハガキから選んだコントを読み上げていた。1975年4月にフジテレビの土曜19時30分からの枠でテレビになり、採用したハガキを「バカウケ」「ややウケ」「ドッチラケ」の三段階で判定した。素人の「欽ドン劇団」やロケ先の通行人まで巻き込み、笑いを生む主役を芸人から視聴者の側に移した。雑誌『サライ』の取材記事は、欽ドンが裏番組の『全員集合』を追い抜いて30%に迫ったと伝えている。
『欽ちゃんのどこまでやるの!』(欽どこ)は1976年10月から1986年9月まで、水曜21時に放送された。観客を入れたスタジオに家のセットを組み、萩本と真屋順子が夫婦を演じ、毎回ゲストが一人訪ねてくる。子ども役の見栄晴や三つ子の娘役のわらべも番組から人気者になった。1983年6月22日には、出演者の一人が出られなくなって全編を生放送に切り替えた回が、番組最高の42.0%を記録している。
1982年10月には、TBSの金曜21時に公開バラエティ『欽ちゃんの週刊欽曜日』が始まった(1985年9月まで)。佐藤B作、小西博之、風見慎吾ら、いわゆる喜劇人でない出演者が多く並んだ。この三つの冠番組を同じ週に抱え、それぞれの視聴率を足すと100%に届いたことから、萩本は「視聴率100%男」と呼ばれた。到達した年は資料によって「80年代前半」「83年ごろ」と幅がある。

休養とその後

1985年3月、萩本は充電を理由に当時のレギュラー番組をすべて降り、半年ほど休んだ。本人は、100%男と呼ばれる人気を保つ自信がなくなったと説明している。ただし『仮装大賞』の司会と『24時間テレビ』への出演は続けた。復帰後の番組は数字が伸びず、打ち切りが続いた。2005年からは社会人野球の茨城ゴールデンゴールズで監督を務めた(2010年に勇退)。85歳の2026年も、BS日テレの短い番組『9階のハギモトさん!』に出演しており、7月4日放送分まで確かめられる。

なぜ受けたのか

萩本自身は、俳優より素人のほうが自然な反応が出ると語っている。芸人の芸を見せるのではなく、ハガキを書いた視聴者や、セットの中の「家族」が笑いを生む作りは、見る側に自分も番組に加われるという手ごたえを与えた。ハガキをラジオで読む形を何年も試してからテレビに移した点も、当たりはずれを減らしたと考えられる。

評価の分かれる点

コント55号のコンビ活動がいつ事実上終わったのかは、資料によって書き方が違う。コトバンクの人物事典は1969年のコンビ解消と書き、ウィキペディアは1975年以降に活動を大きく控えたとしている。また「素人いじり」は、のちのバラエティに広く受け継がれた手法と評される一方、素人をいじって笑いを取る作りの是非は、ほかのバラエティ番組をめぐって今も議論が続いている。

くらさんの考察

萩本の歩みは、自分が笑いを取る芸人から、他人に笑いを取らせる作り手へ移っていった過程と考えられる。『全員集合』との競争で敗れたのは、コント55号の芸そのものを売る番組だった。その後の萩本は、ハガキの書き手や素人の出演者、喜劇の経験がない俳優を前に出し、自分は振る側に回った。浅草のフランス座で坂上二郎を振り回していた役回りを、テレビの司会の形に広げたものと見ることもできる。

ジージへの問いかけ

・1970年の土曜20時、ジージは『世界は笑う!』と『全員集合』のどちらを見ていましたか。乗り換えたなら、きっかけは何だったでしょうか
・欽ドンのハガキや欽どこの「家族」は、芸人のコントと比べて身近に感じましたか
・週に三つの冠番組で合計100%という数字を、いまの視聴の分かれ方から見て、二度と出ないものと思いますか

出典

・ウィキペディア「萩本欽一」 https://ja.wikipedia.org/wiki/萩本欽一
・ウィキペディア「コント55号」 https://ja.wikipedia.org/wiki/コント55号
・ウィキペディア「コント55号の世界は笑う」 https://ja.wikipedia.org/wiki/コント55号の世界は笑う
・ウィキペディア「欽ちゃんのドンとやってみよう!」 https://ja.wikipedia.org/wiki/欽ちゃんのドンとやってみよう!
・ウィキペディア「欽ちゃんのどこまでやるの!」 https://ja.wikipedia.org/wiki/欽ちゃんのどこまでやるの!
・ウィキペディア「欽ちゃんの週刊欽曜日」 https://ja.wikipedia.org/wiki/欽ちゃんの週刊欽曜日
・コトバンク「萩本欽一」 https://kotobank.jp/word/萩本欽一-1100553
・文春オンライン 近藤正高「80歳になった“欽ちゃん”」2021年5月7日 https://bunshun.jp/articles/-/45350
・サライ.jp 酒寄美智子(萩本欽一インタビュー)2017年5月12日 https://serai.jp/hobby/182616
・ザテレビジョン「9階のハギモトさん!」SEASON4 2026年7月4日放送 https://thetv.jp/program/0001076716/1/

動画

・【萩本欽一VOL.1】「いやだ」と言わない…欽ちゃんの運のつかみ方(日テレNEWS)https://www.youtube.com/watch?v=S53wjDOOknc

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