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No.6新着 1990年代のお笑い 劇場と深夜番組から出た「第三世代」がテレビの中心に座った

1980年代に世に出たとんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは、1990年代に自分たちの名前を冠したコント番組でゴールデンタイムの顔になり、「お笑い第三世代」と呼ばれた。90年代後半には『ボキャブラ天国』が若手のネタ見せの場となり、爆笑問題やネプチューンらが続いた。

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登録日時
2026年10月23日 23:51
出典を確かめた日
2026年10月23日
分野
1990年代
立場
評価の分かれる点
タグ
漫才新着コント新着テレビ新着吉本興業新着上方新着東京新着寄席・劇場新着
芸人・番組
ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャン、爆笑問題、タモリのボキャブラ天国
資料の種類
事典・概説
年代
1988〜1999年

本文と出典

あらまし

1990年代のテレビの笑いは、1980年代にデビューした若手が担った。
とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは、深夜番組や劇場から出て、自分たちの名前を冠したコント番組でゴールデンタイムに進んだ。
彼らは「お笑い第三世代」と呼ばれ、それより上の漫才ブームや『ひょうきん族』の芸人は「第二世代」と呼ばれるようになった。
90年代後半には『タモリのボキャブラ天国』が若手のネタを見せる番組に変わり、次の世代を世に出した。

主なできごと

・1982年4月 ダウンタウンがコンビを組み、吉本の養成所NSCの1期生として入学する
・1982年4月10日 とんねるずが『お笑いスター誕生!!』でグランプリを取る
・1985年5月 吉本の心斎橋筋2丁目劇場が常設の劇場として開く
・1987年4月6日 毎日放送でダウンタウン司会の『4時ですよーだ』が始まる
・1988年10月 フジテレビの深夜番組『夢で逢えたら』が始まり、ダウンタウンとウッチャンナンチャンが出る
・1988年10月 フジテレビで『とんねるずのみなさんのおかげです』が始まる
・1989年10月 日本テレビで『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』が始まる
・1990年10月 フジテレビで『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』が始まる
・1991年12月 フジテレビで『ダウンタウンのごっつええ感じ』が始まる(1997年11月まで)
・1992年10月14日 フジテレビで『タモリのボキャブラ天国』が始まる
・1994年4月 『タモリのSuperボキャブラ天国』が始まり、途中から若手のネタ見せが加わる
・1995年 NSC東京校の1期生が入る
・1996年4月 日本テレビで『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』が始まる
・1999年9月26日 『ボキャブラ天国』のシリーズが終わる

とんねるず

とんねるずは1980年に帝京高校の同級生二人で組んだ。
高校時代から素人参加のコンテスト番組に出ており、1982年に『お笑いスター誕生!!』でグランプリを取った。
フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』や夕方の『夕やけニャンニャン』に出て若者の人気を集め、1985年の歌「一気!」で深夜番組の外にも知られた。
スタジオで暴れるような振る舞いや、一部の人にしか通じない話をあえて説明しない「内輪ネタ」が特徴とされる。
1988年に始まった冠番組は、改題をはさんで2018年3月まで続いた。

ダウンタウン

ダウンタウンは1982年にNSCの1期生として入り、大阪の心斎橋筋2丁目劇場を足場にした。
1987年の『4時ですよーだ』で人気に火がつき、1988年の『夢で逢えたら』を経て、1989年に本格的に東京へ移った。
ネタはコント仕立ての漫才が多く、松本人志の小声のボケに浜田雅功が突っ込む形で知られる。
ゆったりしたテンポは当時の主流と違い、横山やすしからは酷評された。
1991年に始まった『ダウンタウンのごっつええ感じ』で全国的な人気を得たが、1997年11月に突然打ち切られた。

ウッチャンナンチャン

内村光良と南原清隆は、横浜放送映画専門学院の漫才の授業で組んだのがきっかけで、1984年にコンビになった。
新人コント大会で交流した先輩の影響を受け、短いコントを続けて演じる形を多く作り、「ショートコント」を世に広めた一人とされる。
コンビニやレンタルビデオ店など80年代後半の若者の暮らしを題材にし、「都会派コント」と評された。
1990年からの『やるならやらねば!』ではドラマや音楽のパロディで高い視聴率を取り、1996年からの『ウリナリ!!』も多くの回で20%を超えた時期がある。

ボキャブラ天国と次の世代

『タモリのボキャブラ天国』は、視聴者が投稿した駄洒落の作品を品評する番組として1992年に始まった。
1994年からのシリーズの途中で若手芸人のネタ見せが加わり、最後は投稿をやめてネタ番組に切り替わった。
爆笑問題、ネプチューン、海砂利水魚(のちのくりぃむしちゅー)らがここから世に出て、「ボキャブラ世代」と呼ばれた。
関西の芸人はほとんど出なかったとされる。

なぜ受けたのか

第三世代の芸人の多くは、劇場や深夜番組から世に出た。
ラサール石井は、この世代を「自分たちが面白い」ことを重んじ、その空気を客と分け合った世代だと評している。
上の世代に合わせるのではなく、自分たちと同じ年頃の客に向けて笑いを作ったことが、若者から強く支持された理由と考えられる。
ダウンタウンの遅いテンポのしゃべりも、当時の主流から外れていたからこそ新しく聞こえたと考えられる。

評価の分かれる点

「お笑い第三世代」という呼び方そのものに、決まった定義はない。
ウィキペディアは「1980年以降にデビューした若手」の総称とし、名前は小劇場演劇で80年代に出てきた世代を指す「第三世代」から来たとするが、記事には出典が十分でないという注意書きが付いている。
「師弟の関係から外れた芸人が出てきた世代」とする定義もあるが、それより前のタモリにも決まった師匠はいない。
第一世代に誰を入れるかも記事は挙げておらず、世代の区切り方は語る人によって違う。

くらさんの考察

第三世代を年齢やデビュー年で区切るより、「誰に向けて笑いを作ったか」で見るほうが分かりやすいと考えられる。
とんねるずは深夜の若者向け番組、ダウンタウンは若い客の集まる劇場、ウッチャンナンチャンは若者の暮らしを描くコントで出てきた。
いずれも家族全員ではなく同世代を相手にしており、その点で『全員集合』の家族向けの笑いとは出発点が違う。
番組ごとに独自の決まりを持つ「ファミリー化」を、ラサール石井がこの世代の特徴に挙げていることも、内輪の空気で笑わせる作り方と結びついていると考えられる。

ジージへの問いかけ

・ジージは30代後半から40代でこの世代の笑いを見ていましたが、上の世代の笑いと比べて違いを感じたでしょうか。
・「内輪ネタ」で笑わせる番組を、身内だけで楽しんでいるように感じたことはありますか。
・「お笑い第三世代」という呼び方を、当時から耳にしていましたか。

出典

・ウィキペディア「お笑い第三世代」 https://ja.wikipedia.org/wiki/お笑い第三世代
・ウィキペディア「ダウンタウン (お笑いコンビ)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ダウンタウン_(お笑いコンビ)
・ウィキペディア「とんねるず」 https://ja.wikipedia.org/wiki/とんねるず
・ウィキペディア「ウッチャンナンチャン」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ウッチャンナンチャン
・ウィキペディア「タモリのボキャブラ天国」 https://ja.wikipedia.org/wiki/タモリのボキャブラ天国
・ウィキペディア「吉本総合芸能学院」 https://ja.wikipedia.org/wiki/吉本総合芸能学院

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージがお笑いQAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。