No.223新着 とんねるず 素人番組から深夜と夕方のフジテレビへ、「みなさんのおかげです」で29.5%を記録し、いまは石橋貴明の療養が続く
とんねるずは帝京高校の同級生だった石橋貴明と木梨憲武が1980年に組んだコンビである。「お笑いスター誕生!!」を経て、「オールナイトフジ」「夕やけニャンニャン」で若者の人気者になり、1988年に始まった「みなさんのおかげです」では最高29.5%の視聴率を出した。石橋は2025年4月にがんを公表して活動を休み、確認できた範囲では2026年9月下旬の報道でも復帰は確認されていない。
本文と出典
あらまし
とんねるずは、石橋貴明と木梨憲武の二人組である。ウィキペディアによれば、二人は帝京高校の同級生で、1980年にコンビを組んだ。素人参加のテレビ番組に出たのち、「お笑いスター誕生!!」に挑み、1982年にグランプリを取った。
人気が広がったのは、フジテレビの深夜の「オールナイトフジ」と、平日夕方の「夕やけニャンニャン」である。1988年からは冠番組の「とんねるずのみなさんのおかげです」が始まり、のちに「みなさんのおかげでした」と名を改めて、2018年3月まで続いた。
主なできごと
・1980年 帝京高校の同級生だった石橋貴明と木梨憲武がコンビを結成
・1982年 4月10日、「お笑いスター誕生!!」で10週目に合格してグランプリ(ウィキペディアによる)
・1983年 「オールナイトフジ」が4月に始まる。とんねるずは12月に初出演
・1985年 4月、「夕やけニャンニャン」が始まり、とんねるずもレギュラー出演
・1988年 10月13日、「とんねるずのみなさんのおかげです」がレギュラー放送に
・1989年 3月30日、おかげですが最高視聴率29.5%(関東地区)を記録
・1991年 大みそかにNHK紅白歌合戦へ初出場(ウィキペディアによる)
・1997年 3月に「おかげです」が終わり、6月に「おかげでした」へ改題
・2018年 3月、「おかげでした」が終了
・2024年 11月8〜9日、日本武道館で29年ぶりのコンビライブ
・2025年 4月4日、石橋が食道がんを公表し、芸能活動の休止を発表
くわしく 結成から「お笑いスター誕生!!」まで
ウィキペディアは、二人が1980年に結成し、「ぎんざNOW!」などの素人参加番組に出たと書く。「お笑いスター誕生!!」には1980年から挑み、1981年のゴールデンルーキー賞で特別敢闘賞を受けた。1982年4月10日に10週目で合格し、グランプリになった。
出場の年やグランプリの年は、資料によって書き方が違う。別の検索結果には、1980年に「貴明&憲武」の名で出場したとする記述と、1982年に10週連続で勝ち抜いたとする記述が並んでいた。本稿はウィキペディアの年表に従う。
くわしく 深夜と夕方のフジテレビ
ウィキペディアの「オールナイトフジ」の項によると、番組は1983年4月に始まった深夜の生放送で、出演する女子大生が「女子大生ブーム」の火付け役になった。とんねるずは1983年12月に初めて出て、1984年1月にいったん降板し、同年6月から1986年3月までレギュラーを務めた。同じ項は、これがフジテレビでの最初のレギュラー番組で、のちの仕事につながる人脈ができたと書く。
「夕やけニャンニャン」は1985年4月1日から1987年8月31日まで、月曜から金曜の17時台に放送された。同年の全盛期は視聴率13%前後で、平日の夕方としては異例だったという。とんねるずは開始時からレギュラーで、「ゴジテレビ」など多くの企画を受け持った。ウィキペディアは、この「ゴジテレビ」が後のおかげですにつながる方向を示したと説明している。番組内のオーディションから生まれたのが、おニャン子クラブである。
くわしく 「みなさんのおかげです」
おかげですは、フジテレビ系で1988年10月13日から1997年3月27日まで、木曜21時台に放送された。レギュラー初回は14.2%で、「ザ・ベストテン」の12.1%を上回った(ウィキペディアによる)。最高は1989年3月30日の29.5%である。1989年から1994年まで、バラエティ番組の年間平均視聴率で1位を保った。
コーナーには「仮面ノリダー」「保毛尾田保毛男」「貧乏家の人々」などがあった。ウィキペディアは、仮面ノリダーのようなコントが子供に支持されたと書く。コントの中身は、ここでは書き写さない。
2018年3月の終了後、二人が一緒に出る機会は減り、現代ビジネスの記事は「事実上の開店休業状態」と書いた。ただし2024年11月に日本武道館で29年ぶりのコンビライブが開かれ、延べ1万8千人を集めた、とウィキペディアにある。
なぜ受けたのか
ウィキペディアの「とんねるず」の項は、人気の理由として、若さとエネルギー全開のトークと、スタジオで暴れる姿を挙げる。内輪ネタや、業界の慣例を取り払った姿勢も支持されたという。
ウィキペディアは、漫才ブームの衰退後にお笑い界を代表する存在になり、若者中心に人気を得たと書く。「夕やけニャンニャン」では、おニャン子クラブという若い出演者の横で、二人が番組の進行を担った。若い視聴者にとって同世代に近い仲間として映った、と考えられる。
評価の分かれる点
人気の裏で、批判も出た。ウィキペディアによれば、「オールナイトフジ」では1985年に深夜番組の自粛が国会などで問題となり、番組は内容を変えて続いた。おかげですでは、1991年10月31日の木梨の盲腸を題材にしたドッキリの放送後、抗議の電話が約800件寄せられた。2017年に「保毛尾田保毛男」を復活させた際は、LGBT支援団体から抗議を受け、賛否が分かれてフジテレビの社長が謝罪した。
これらは、当時の笑いの基準が今とは違ったことも、視聴者の受け止めが割れたことも示す。どちらが正しかったかは、ここでは決めない。
くわしく 2025年から2026年の状況
ジェイ・プライムの記事によれば、石橋は2025年4月4日に食道がんを公表し、芸能活動の休止を発表した。木梨は翌5日にSNSで、体調を戻して次のライブに備えるよう呼びかけた。
2026年9月27日付のデイリー新潮の記事(ライブドアニュースに転載)は、石橋が約1年半、公の場に出ていないと書く。同記事は、石橋が食道がんに続いて咽頭がんを公表したこと、2026年1月に木梨が石橋からメールを受けたと明かしたこと、来春のライブが予告されたこと、7月には木梨が「コンビの活動は石橋さんの体調次第」という趣旨を述べたことを伝えている。石橋のXの更新は2026年3月24日で止まっているという。解散や引退のうわさも同記事にあるが、記事自身が推測と位置づけており、確かめられた事実ではない。
確認できた範囲では、2026年10月末の時点で、とんねるずとしての活動再開は確かめられなかった。公式の最新発表は、今回は確認できていない。
くらさんの考察
資料から見える受けた理由は、新しさと身近さの二つに分けられる。一つは、業界の慣例を取り払った新しさである。もう一つは、深夜と夕方の番組で顔を知られた二人が、そのまま木曜21時の冠番組を持った道筋である。見慣れた顔が大きな枠に移ったことが、視聴率の土台になった、と考えられる。
もう一つ、本稿では確かめきれなかった点がある。おかげですの視聴率を支えたものが、コントの出来だったのか、ゲストの顔ぶれだったのか、歌と組み合わせた番組作りだったのか。資料はこれらを並べるだけで、どれが大きかったかは書いていない。ここから先は確かめられない。
ジージへの問いかけ
・1985年ごろ、夕方の「夕やけニャンニャン」を見て、とんねるずを初めて知ったでしょうか。それとも深夜の「オールナイトフジ」が先でしたか。
・木曜21時の「おかげです」は、家族そろって見る番組でしたか。仮面ノリダーのようなコントを、子供と一緒に見て笑った記憶はありますか。
・同じ時期の漫才ブームの芸人と比べて、とんねるずの何が新しく見えたと思いますか。
出典
・ウィキペディア「とんねるず」 https://ja.wikipedia.org/wiki/とんねるず
・ウィキペディア「とんねるずのみなさんのおかげです」 https://ja.wikipedia.org/wiki/とんねるずのみなさんのおかげです
・ウィキペディア「夕やけニャンニャン」 https://ja.wikipedia.org/wiki/夕やけニャンニャン
・ウィキペディア「オールナイトフジ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/オールナイトフジ
・現代ビジネス(講談社) https://gendai.media/articles/-/126361
・ジェイ・プライム「石橋貴明が食道がんで芸能活動休止…」 https://www.jprime.jp/articles/-/43401?display=b
・ライブドアニュース(デイリー新潮転載、2026-09-27) https://news.livedoor.com/article/detail/32421270/
動画
・とんねるずのみなさんのおかげでした 全落・水落オープン 予告編(ponycanyon)https://www.youtube.com/watch?v=fVlhdyhmaUw
関連動画
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