No.96新着 ダウンタウン NSC1期生が漫才とコントの「間」を変えた
ダウンタウンは、吉本興業の養成所 NSC の1期生、松本人志と浜田雅功が1982年に組んだコンビである。ゆったりした間の漫才と、関係性で笑わせるコントで1990年代のテレビの笑いの中心になった。2024年に松本が週刊誌報道を受けて活動を休止し、2025年11月に有料配信「DOWNTOWN+」で再開したが、2026年10月に術後の体調から休養を続けると伝えている。
本文と出典
あらまし
松本人志(1963〜)と浜田雅功(1963〜)は、ともに兵庫県尼崎市で育った中学の同級生である。1982年、吉本興業が開いた養成所・吉本総合芸能学院(NSC)大阪校に1期生として入り、コンビを組んだ。いくつかの名前を経て1983年に「ダウンタウン」と名乗った。ネタは主に松本が作り、松本がボケ、浜田がツッコミを受け持つ。
主なできごと
・1982年 NSC大阪校に1期生として入学し、コンビを組む。今宮子供えびす新人漫才コンクールで福笑い大賞
・1983年 5月、「ダウンタウン」と名乗る
・1986年 5月、大阪・心斎橋筋2丁目劇場が常設劇場になる
・1987年 4月、毎日放送『4時ですよーだ』開始。関西で人気が広がる
・1988年 10月、フジテレビ『夢で逢えたら』開始。東京進出のきっかけに
・1989年 10月、日本テレビ『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』開始。上方漫才大賞の大賞
・1991年 12月、フジテレビ『ダウンタウンのごっつええ感じ』開始(1997年11月に打ち切り)
・1994年 10月、『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』開始(2012年まで)
・2001年 松本が M-1グランプリ決勝の審査員を務める
・2022年 4月、なんばグランド花月で約31年ぶりに漫才を披露
・2024年 1月、松本が活動休止を発表。11月、訴えを取り下げる
・2025年 3月から5月まで浜田が体調不良で休養。11月1日、「DOWNTOWN+」で松本が活動を再開
・2026年 7月、松本が大腸の腫瘍の切除手術を受けたと公表。10月、休養を続けると伝える
NSC と2丁目劇場
NSC は、漫才ブームで芸人志望者が増えたことを受けて吉本が開いた養成所である。それまでの芸人は、師匠に弟子入りして芸を覚える道をたどることが多かった。師匠を持たずに学校から出てきたダウンタウンは、その最初の世代にあたる。1982年の入学直後から素人名人会や新人漫才コンクールで賞を取り、1984年には NHK 上方漫才コンテストの優秀賞を受けた。
若い客を集めたのは、1986年に常設劇場となった心斎橋筋2丁目劇場と、毎日放送の夕方の帯番組『4時ですよーだ』である。劇場と夕方の帯番組の両方に出たことで、関西で人気が一気に広がった。1989年には上方漫才大賞の大賞を受けている。
東京のテレビで作った笑い
1988年にフジテレビの『夢で逢えたら』で東京に足場を作り、翌1989年に『ガキの使いやあらへんで!』が始まった。1991年からの『ダウンタウンのごっつええ感じ』は、松本の作るコントを中心にした番組で、全国的な人気番組になったが、1997年11月に突然打ち切られた。1994年からはフジテレビの音楽番組『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』の司会を務め、1995年には浜田が H Jungle with t の「WOW WAR TONIGHT」で紅白歌合戦に出た。
ダウンタウンの漫才は、早口で畳みかける漫才ブームの型とは逆に、ゆったりした間で進む。コントでは、決まったギャグより登場人物どうしの関係のずれで笑わせる。こうした「関係性の笑い」を広めたのはダウンタウンだという評価がある。松本は2001年の第1回から M-1グランプリ決勝の審査員を務めている(2024年大会は出ていない)。
2024年以降のできごと
2023年12月、週刊文春が、松本が2015年に複数の女性に性的行為を強いたとする疑惑を報じた。吉本興業は事実を否定し、松本は2024年1月に裁判に注力するとして活動休止を発表、発行元などを名誉毀損で訴えた。同年11月に松本は訴えを取り下げ、訴訟は終わった。疑惑の真偽は裁判で判断されておらず、告発した女性側は記事の正当性を主張している。
相方が休むあいだ一人で番組を続けた浜田も、2025年3月10日から体調不良で休養し、5月にラジオ番組で復帰した。松本は2025年11月1日、吉本が始めた月額制の配信サービス「DOWNTOWN+」の生配信で、1年10か月ぶりに活動を再開した。2026年7月には大腸の腫瘍を切除する手術を受けたと吉本が発表し、9月に腸を戻す手術のため再入院した。10月15日には、回復に時間がかかっているとして休養を続けるという松本のメッセージが DOWNTOWN+ の公式 X に出ている。
なぜ受けたのか
1980年代後半の若い客は、漫才ブームの速い漫才をすでに見慣れていた。ダウンタウンは、その速さを捨ててゆったりした間をとり、何が起きるか分からない緊張で笑わせた。夕方の帯番組は学校帰りの中高生が見られる時間帯で、同じコンビを毎日見られたことも、同世代の芸人として支持を固める助けになったと考えられる。師匠を持たない世代が、自分たちの感覚で作った笑いが、同じ世代の客に通じたと考えられる。
評価の分かれる点
ダウンタウンが「お笑いの基準を変えた」という評価は広く見られるが、どこまでを二人の功績とみるかは分かれる。NSC や2丁目劇場という吉本の仕組み、放送作家や番組制作者の働きも大きい。松本をめぐる週刊誌報道については、裁判で事実が確かめられないまま訴訟が終わっており、受け止め方は大きく分かれている。
くらさんの考察
ダウンタウンの登場は、芸人が師匠ではなく学校から出てくる時代の始まりと重なる。型を教わらなかったことが、漫才ブームの型から自由な間を生んだと考えられる。2025年に再開の場がテレビではなく有料配信になったことは、芸人と客の間に立つ媒体が、劇場、テレビに続いて配信へ移りつつあることを示している。
ジージへの問いかけ
・ジージは、やすきよやツービートの漫才を見てきた目で、ダウンタウンの遅い間の漫才を初めて見たとき、どう感じましたか
・師匠に弟子入りする道と、養成所で学ぶ道。芸人の育ち方として、どちらが面白い芸を生むと思いますか
・テレビではなく有料の配信で芸人を見る時代は、お笑いを豊かにすると思いますか、狭くすると思いますか
出典
・ウィキペディア「ダウンタウン (お笑いコンビ)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ダウンタウン_(お笑いコンビ)
・ウィキペディア「松本人志」 https://ja.wikipedia.org/wiki/松本人志
・ウィキペディア「浜田雅功」 https://ja.wikipedia.org/wiki/浜田雅功
・ウィキペディア「上方漫才大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/上方漫才大賞
・秋田魁新報(共同通信)「松本人志さん、芸能活動再開 1年10カ月ぶり、有料配信番組」2025年11月1日 https://www.sakigake.jp/news/article/20251101CO0130/
・J-CAST ニュース(浜田雅功の一時休養)2025年3月10日 https://www.j-cast.com/2025/03/10502264.html
・coki(浜田雅功の活動再開)2025年5月2日 https://coki.jp/article/news/52068/
・熊本日日新聞(共同通信)「松本人志さんがん公表 大腸の腫瘍切除」2026年7月17日 https://kumanichi.com/articles/2014989
・デイリースポーツ(松本人志の再入院)2026年9月14日 https://www.daily.co.jp/gossip/2026/09/14/0020817883.shtml
・coki(松本人志の休養延長)2026年10月 https://coki.jp/?p=95453
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