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No.216新着 てなもんや三度笠 日曜夕方の公開収録コメディが、関西で視聴率64.8%に届いた

「てなもんや三度笠」は、朝日放送の制作で1962年5月6日から1968年3月まで、TBS系列の日曜夕方に放送された時代劇風コメディである。藤田まことの時次郎と白木みのるの珍念を軸に、毎回東西の人気者がゲストで出た。関西での最高視聴率は64.8%とされる。

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登録日時
2026年10月29日 18:20
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
名作を読む
立場
くらさんの考察
タグ
テレビ新着喜劇・新喜劇新着上方新着
芸人・番組
てなもんや三度笠、藤田まこと、白木みのる、澤田隆治、香川登志緒、朝日放送
資料の種類
事典・概説
年代
1962〜1968年

本文と出典

あらまし

「てなもんや三度笠」は、朝日放送(ABC)が制作した時代劇風のコメディ番組である。ウィキペディアによれば、放送は1962年5月6日から1968年3月までの日曜18時から30分間で、全309回。TBS系列で全国に流れ、提供は前田製菓の1社だった。主人公は旅の渡世人「あんかけの時次郎」(藤田まこと)と、小坊主の珍念(白木みのる)である。二人が街道を歩きながら各地のもめごとに巻き込まれる筋立てで、毎回その回のゲストが加わった。脚本は香川登志緒、演出は澤田隆治が担当した。

主なできごと

・1962年 5月6日、放送が始まる。開始直後の視聴率は関西で15.5%、関東で6.0%と低かった
・1962年 珍念役の白木みのるが第3話から登場する
・1964年 12月31日、NHK紅白歌合戦の裏に、105分の特別番組が組まれる
・1966年 2月20日、関西で最高視聴率64.8%を記録する(関東の最高は42.9%)
・1966年 朝日放送がABCセンターへ移転する
・1967年 12月17日、第294話「熱田の絵師」が朝日放送初のカラー制作として放送される
・1968年 3月、放送が終わる(終了日はウィキペディアの中で3月29日と3月31日の記載が分かれる)
・2019年 時代劇専門チャンネルが選抜8本を再放送する

くわしく 数字と顔ぶれ

視聴率は、はじめから高かったわけではない。関西の15.5%、関東の6.0%という出足から、のちに関西は平均37.5%、関東は平均26.6%まで伸びた。最高の64.8%は1966年2月20日の関西の数字で、日刊現代のコラムも「関西地区で視聴率60%超」と伝えている。
藤田まことにとっては、これが出世作になった。のちに「必殺」シリーズで知られる藤田だが、日刊現代の記事は、大きく飛躍するきっかけを「てなもんや三度笠」としている。白木みのるは第3話から出て、口の達者な小坊主の珍念を演じた。駒下駄の茂平役の香山武彦は第54話から加わった。
ゲストの顔ぶれは東西にまたがる。第1話は伴淳三郎で、榎本健一、花菱アチャコ、中田ダイマル・ラケット、コント55号、ザ・ドリフターズ、ザ・タイガースらも出たと伝えられる。衛星放送協会の発表では、クレージーキャッツや船木一夫の名も挙がっている。

くわしく 作り方

収録は朝日放送のABCホールでの公開収録だった。録画を編集する技術が乏しかった初期は、放送の2日前の金曜12時15分から45分に収録して、そのまま流す「撮って出し」だったという。ほぼ生放送に近い形で、失敗なく演じ切る職人芸だったと語り継がれている。
1967年末ごろからはABCセンターのスタジオでの収録に変わった。第255話「上野の戦争」では火薬を2トン使い、爆発の衝撃でカメラが何度も揺れたと、ウィキペディアは記す。
番組には決まった型があった。冒頭に時次郎と斬られ役の短いコントがあり、本編、視聴者クイズ、CM、次回予告と続く。クイズの賞品は前田製菓の菓子や河合楽器のオルガンなどだった。決め台詞には、スポンサー名にひっかけた「あたり前田のクラッカー」があり、流行語になった。ほかに「非ッ常にキビシ〜ッ!!」「許して…チョーダイ!!」も挙がっている。

終わり方と、その後

終了の理由として、ウィキペディアは作り手二人の食い違いを挙げる。1966年にABCセンターへ移ったあと、澤田は時代に合わせた笑いを香川に求めた。同じ作り手が手がけた『スチャラカ社員』は、香川が「もうこれ以上書けまへん」と述べて1967年4月30日に終わった。その後の1年間で番組は3回のシリーズ変更があり、二人はほぼ喧嘩別れの形になったという。スポンサーの前田製菓も番組の終了とともに降りた。
続編として『てなもんや一本槍』『てなもんや二刀流』と、現代劇の『スコッチョ大旅行』が1971年まで続いた。香川は脚本を続けたが、澤田は関わっていない。映画も作られ、東映が1963年に2本、東宝が1966〜1967年に3本を公開した。
残っている映像は限られる。澤田が私的に録画した最後の約1年分が中心だとされる。2020年には、画質の状態で選んだ現存10話が時代劇専門チャンネルで放送され、同年9月1日、衛星放送協会の第10回オリジナル番組アワードで編成企画部門の最優秀賞を受けた。

なぜ受けたのか

確かめられる材料は次のとおりである。公開収録の客席があり、毎週ゲストが入れ替わり、筋立ては時代劇の旅という単純な型に決まっていた。ゲストは歌手、喜劇人、グループサウンズと幅広く、東西の人気者が同じ30分に並んだ。放送は日曜の18時台だった。
これらを重ねると、幅広い客層が同じ画面で笑える型が整っていたと考えられる。ただし、視聴率がなぜ上がったかを直接説明する資料は、今回は開けていない。

評価の分かれる点

話数と終了日は資料で揃わない。ウィキペディアと衛星放送協会の発表は309回とするが、検索結果の要約には306回という記述も出た。ウィキペディアの309回に従ったが、その要約の元の資料までは確かめていない。終了日も3月29日と3月31日が併記されている。どちらが正しいかは、確かめられた範囲では決められない。

くらさんの考察

この番組は、上方の喜劇人と放送局の制作者が、東京のキー局を通して全国向けに笑いを出した初期の例だと考えられる。関東の数字は関西より低いが、それでも最高42.9%に届いている。
一方で終わり方を見ると、数字を追って笑いを時代に合わせ続ける苦しさが、作り手の側に残ったことがうかがえる。これは資料に書かれた二人の食い違いからの推測であり、本人たちの言葉で確かめたものではない。

ジージへの問いかけ

・日曜の夕方に「てなもんや三度笠」を見た記憶はありますか。家族で見ましたか、それとも別の番組が裏にありましたか。
・毎週違うゲストが出て、同じ型で進む番組を、ジージはどこが一番楽しみでしたか。
・流行語になった決め台詞を、学校や職場で真似した覚えはありますか。

出典

・ウィキペディア「てなもんや三度笠」 https://ja.wikipedia.org/wiki/てなもんや三度笠
・ウィキペディア「澤田隆治」 https://ja.wikipedia.org/wiki/澤田隆治
・衛星放送協会オリジナル番組アワード受賞の発表(共同通信PRワイヤー) https://kyodonewsprwire.jp/release/202009013749
・日刊現代「藤田まこと主演『必殺』映像美に隠された仰天の秘密」 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/165997

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージがお笑いQAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。