No.209新着 ABCお笑いグランプリ 漫才・落語の新人コンクールから、全国の若手が挑む大会へ
ABCお笑いグランプリは1980年に「ABC漫才・落語新人コンクール」として始まり、1989年に「ABCお笑い新人グランプリ」、2012年に今の名前へ変わった。関西の新人の登竜門から全国の若手が出る大会になり、2026年の第47回はゼロカランが優勝した。
本文と出典
あらまし
ABCお笑いグランプリは、大阪の朝日放送テレビ(ABCテレビ)が開く若手芸人の大会である。
歴代優勝者の一覧によれば、第1回は1980年で、当時の名前は「ABC漫才・落語新人コンクール」だった。
第10回の1989年から「ABCお笑い新人グランプリ」、第33回の2012年から現在の「ABCお笑いグランプリ」となっている。
2026年7月26日の第47回決勝ではゼロカランが優勝した。
M-1グランプリやキングオブコントより歴史が長く、関西の若手が最初に名を売る場として続いてきた大会である。
主なできごと
・1980年 第1回。「ABC漫才・落語新人コンクール」として始まる。優勝は前田一球・写楽
・1984年 第5回。ダウンタウンが優勝
・1989年 第10回から「ABCお笑い新人グランプリ」に改称
・1992年 第13回。ナインティナインが優勝
・1996年 第17回。中川家が優勝
・2000年 第21回。フットボールアワーが優勝
・2004年 第25回。千鳥が優勝
・2012年 第33回から「ABCお笑いグランプリ」に改称。出場がデビュー10年目以内の全国の若手に広がる。優勝はかまいたち
・2017年 第38回。霜降り明星が優勝
・2024年 第45回。令和ロマンが優勝
・2025年 第46回。エバースが優勝
・2026年 第47回。583組がエントリーし、12組が決勝へ進んだ。優勝はゼロカラン
くわしく 三つの名前
大会は名前を二度変えている。
最初の9回は「ABC漫才・落語新人コンクール」で、名前のとおり漫才と落語の新人を対象にした大会だった。
この時期の優勝者には、前田一球・写楽、ミヤ蝶美・蝶子、宮川大助・花子といった上方の漫才師が並び、1984年にはダウンタウンの名がある。
なお、各回の年は、第1回を1980年として回数から数えたもので、出典の表でも名称が変わる境は回数で示されている。
第10回からは「ABCお笑い新人グランプリ」になった。
対象は関西を中心に活動する結成5年目以内のコンビとされている。
この時代にナインティナイン、ますだおかだ、中川家、ハリガネロック、フットボールアワー、キングコング、千鳥、とろサーモン、ウーマンラッシュアワーなどが優勝している。
のちにテレビで広く知られる顔ぶれが、まず関西の新人の大会で勝っていたことが一覧から分かる。
くわしく 全国の若手の大会へ
2012年の第33回から名前が「ABCお笑いグランプリ」となり、対象はデビュー10年目以内の全国の若手ピン芸人・コンビ・グループになった。
結成5年から芸歴10年へと条件が広がり、関西の枠も外れた。
2026年の第47回についても、デビュー10年以内であれば漫才、コント、ピン芸などジャンルを問わないと報じられている。
採点の方法は回によって変わってきた。
第33〜36回は5人の審査員が各100点で採点する勝ち抜き制だった。
2016年の第37回から、ネタを2回演じる形になった。
第38〜46回は、最初のステージを7人の順位ポイントで競い、最終ステージを7人が100点満点で採点する方式だった。
第47回は「ノックアウト・サバイバル」という、ブロックの中で一対一で競う形式が使われた。
くわしく 2026年の第47回
決勝は2026年7月26日に開かれた。
12組がA・B・Cの三つのブロックに分かれ、各ブロックを勝ち抜いた3組がファイナルステージに進んだ。
最終得点は、ゼロカランが668点で、他の2組を大きく引き離したと報じられている。
ゼロカランはワキユウタとたいがの漫才コンビで、芸歴8年目、決勝初出場での優勝だった。
なぜ受けたのか
関西のテレビ局が毎年開く大会は、新人にとって、局の番組や劇場に呼ばれるきっかけになりやすい。
優勝者の顔ぶれを見ると、のちに全国区になった芸人が多く、大会の名前そのものが「ここで勝てば次がある」という目印として働いてきたと考えられる。
また、M-1グランプリが漫才、キングオブコントがコントと形を絞るのに対し、この大会は若手であればジャンルを問わない。
同じ舞台に漫才もコントもピン芸も並ぶので、客は違う種類の芸を一度に見比べられる。
評価の分かれる点
大会の「格」をどう見るかは、人によって違う。
M-1などの全国放送の大会に比べ、関西の新人向けの大会という性格が強かった時期が長く、全国での知名度に差があるという見方がある。
一方で、のちの人気芸人が早い時期に勝っている点を重く見て、若手の最初の関門として評価する声もある。
どちらの見方も、優勝者の一覧と芸人の活躍を結びつけた受け取り方であり、決着のつく問題ではない。
くらさんの考察
大会の中身は、時代ごとの若手の育て方を映していると考えられる。
漫才と落語の新人コンクールから始まり、漫才中心の新人グランプリを経て、ジャンルを問わない大会に変わった流れは、お笑いの舞台が広がっていった歩みと重なる。
ダウンタウンとゼロカランが同じ大会の優勝者として並ぶことに、40年あまり続いた歴史の長さが表れている。
ただし、第1〜9回の細かい審査の方法や対象は今回の出典では確かめられておらず、ここは今後の調べに残る。
ジージへの問いかけ
・1984年にダウンタウンが優勝した頃の関西の新人の大会を、ジージはテレビや劇場でご覧になったでしょうか。
・漫才、コント、ピン芸が同じ舞台で採点される今の形を、どう思いますか。
・新人の大会で勝った芸人が、のちに大きくなる例を、ジージの記憶の中ではどんな人が浮かびますか。
出典
・ウィキペディア「ABCお笑いグランプリ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ABCお笑いグランプリ
・デイリースポーツ「ABCお笑いグランプリ・ゼロカランが優勝」 https://www.daily.co.jp/gossip/2026/07/26/0020635707.shtml
動画
・【ABCお笑いグランプリ】syudou「我が栄光よ」にのせた1分30秒のロングPR公開!準決勝の裏側に完全密着(ABCテレビ【公式】)https://www.youtube.com/watch?v=oFe9RpUvO50
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