No.239新着 NHK上方漫才コンテスト 1971年に始まった若手の登竜門は、2026年の第55回は「例えば炎」が優勝した
NHK上方漫才コンテストは、NHK大阪放送局が主催する関西の若手向けの大会で、1971年に始まった。2010年の第40回から予選と二つのブロックを勝ち上がるトーナメントになり、第55回(2026年)は例えば炎が優勝した。
本文と出典
あらまし
NHK上方漫才コンテストは、NHK大阪放送局が主催する、若手の上方漫才師のための演芸コンクールである。ウィキペディアによると、第1回は1971年に開かれ、第55回の2026年まで続いている。対象は関西を拠点に活動する結成10年以内のコンビやグループが中心で、第53回(2023年)からは、過去に関西で活動したコンビやグループも出られるようになった。
名前は「漫才」だが、初期から漫才に限らずコントや漫談も出られたとされる。第47回(2017年)には、ピン芸人のゆりやんレトリィバァが優勝した。
近畿地方では公開生放送で、第51回(2021年)からNHKプラスなどで見逃し配信もある。優勝者には優勝トロフィーと賞金50万円が贈られる。
主なできごと
・1971年 第1回。優勝はコメディNo.1(ウィキペディアの歴代表による)
・1972年 第2回。中田カウス・ボタンが優勝
・1976年 第6回。オール阪神・巨人が優勝
・2010年 第40回。予選と二つのブロックを勝ち上がるトーナメントに変わる
・2014年 第44回。データ放送による視聴者投票の1票が加わる。和牛が優勝
・2017年 第47回。ゆりやんレトリィバァが、ピン芸人として男女を通じて初めて優勝
・2023年 第53回。コントを得意とするスナフキンズが優勝
・2025年 ウィキペディアの表は「開催なし」とする
・2026年 第55回。例えば炎が優勝、豪快キャプテンが準優勝
くわしく 審査の仕組みの変遷
第39回(2009年)までは、出場者が漫才のネタを1本ずつ披露し、審査員が最優秀賞1組と優秀賞2組を決めていた。順位をつけて一組を選ぶ形ではなく、賞を三つ出す形だったことになる。
2010年の第40回から、応募者の中から予選で上位6組を選び、決勝に進める形に変わった。決勝進出者は抽選で二つのブロックに分かれ、各ブロックの1次審査で勝った1組ずつが決勝で対戦する。ネタの時間は1次審査が4分、決勝が8分とウィキペディアは記す。審査員が1票ずつ入れ、多く集めた組が勝つ。投票する人数は2010年から2013年が7人、2014年以降は6人で、第44回からはデータ放送の視聴者投票1票が審査員1人分の代わりに入った。優勝は最優秀賞、準優勝は優秀賞にあたる。
第55回(2026年)の審査員は7人で、ハイヒール・リンゴの名がLmaga.jpの記事に出ている。そのほかの審査員名は、今回開いた記事では確かめていない。人数や運用は回によって変わっているため、決勝の票数を読むときは、その回の人数を見る必要がある。
くわしく 歴代の優勝者
ウィキペディアの歴代表には、のちに別の舞台で名を上げた組が並ぶ。優勝者に、中田カウス・ボタン、オール阪神・巨人、太平サブロー・シロー、トミーズ、ますだおかだ、フットボールアワー、笑い飯、銀シャリ、かまいたち、和牛がいる。優秀賞(準優勝)経験者には、レツゴー三匹、海原千里・万里、ザ・ぼんち、島田紳助・松本竜介、ダウンタウン、チュートリアル、麒麟、千鳥の名が挙がる。同ページは、初期の表は列の配置が分かりにくく、誤りを含む可能性があると断っている。第1回の優勝者名もこの表に基づくので、確かな読み方をしたいときは主催者の記録を当たるのがよい。
優勝の顔ぶれには、第40回以降の10年あまりに、銀シャリ、スーパーマラドーナ、かまいたち、ウーマンラッシュアワー、和牛、アキナ、ミキ、アインシュタイン、さや香が並ぶ。個々の経歴は、それぞれの賞や番組の記事で確かめるのがよい。
くわしく 第47回と第55回
2017年の第47回は、ゆりやんレトリィバァが優勝した。ハイヒール・リンゴは、デイリースポーツのコラムで、この大会はもう漫才だけの大会ではなく、コントなども受け入れるお笑いの大会になっていると書いた。昔は課題漫才とフリー漫才に分かれていて純粋に漫才の大会だったが、今は範囲が広がっており、名前が実態に合わなくなっていると見る。2003年に友近が優秀賞を受けたときは問題にされなかったとも書き、ピン芸人の優勝に出たネット上の異論に疑問を投げている。
2026年の第55回は、会場がNHK大阪放送局のT-2スタジオとウィキペディアにあり、司会は川島明と松田好花とされる。Lmaga.jpによると、3月20日に放送された決勝で、例えば炎(タキノルイ、田上)が豪快キャプテンと争った。Bブロックの例えば炎は6票を得て勝ち上がり、Aブロックの豪快キャプテンは同票のあと再投票で4票を得て決勝に進んだ。決勝は例えば炎が「医者」の題、豪快キャプテンが「不倫」の題の漫才で、最終審査で例えば炎が5票を取った。
なぜ受けたのか
資料から確かめられるのは、この大会が長く続いた理由の一部である。原則として2月末か3月に、NHKが公開生放送で行い、勝ち上がる仕組みが分かりやすい。優勝者の多くがその後に活躍したことも、表を見れば分かる。
ただし、なぜ観客や業界が重く見たかの内心まで、今回の資料は語っていない。以下は考察に回す。
評価の分かれる点
大会名と中身の関係は、リンゴが指摘するように議論になった。コントの組や、ピン芸人が漫才の名の大会で勝ってよいかには、意見が分かれる。また、過去の優勝者は並べると華やかだが、出場者の全体のうち賞を取れたのは一部で、大会が「登竜門」と呼ばれるほど出世を保証してきたのかは、統計で確かめていない。
くらさんの考察
審査員の票で勝ち上がる方式が続いたことは、4分と8分という短いネタで、客席と審査員の両方に伝わる力を見るのに向いていたと考えられる。M-1グランプリが全国の年末の大会なのに対し、この大会は上方の若手が最初に全国放送の枠で試される場として、棲み分けられてきたのではないか。ただし、いつからM-1の予選に向けた腕試しの意味が強まったかは、資料では確かめていない。
第40回で予選と二つのブロックを勝ち上がる形に変わったのは、勝ち上がる過程そのものを放送で見せるためだったとも考えられるが、主催者の意図は今回の資料では確かめていない。
ジージへの問いかけ
・ジージが若いころ、上方の若手漫才師の腕比べの番組を、テレビや劇場で見た覚えはありますか。
・コントやピン芸人が優勝する大会に「漫才」の名がついているのを、ジージは自然だと思いますか。変えたほうがよいと思いますか。
・初期の優勝者に、オール阪神・巨人や中田カウス・ボタンの名があります。当時の名前を覚えている組はありますか。
出典
・NHK上方漫才コンテスト(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/NHK上方漫才コンテスト
・「例えば炎、NHK上方漫才コンテスト優勝」(Lmaga.jp) https://www.lmaga.jp/news/2026/03/1037693/
・「上方漫才コンテストでピン芸人が優勝」(デイリースポーツ・ハイヒール・リンゴ) https://www.daily.co.jp/opinion-d/ringo/2017/03/05/0009971060.shtml
動画
・恋【ネイビーズアフロ】【第50回NHK上方漫才コンテスト】(よしもと漫才劇場チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=cGfS1RgDcqw
・NHK上方漫才コンテスト優勝しました!【例えば炎】(【例えば炎研究所】)https://www.youtube.com/watch?v=LMJCh89tQdg
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